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2011年 10月 06日
京都文化博物館で開催中の「帰ってきた江戸絵画」を見学してきました。
伊藤若冲、俵屋宗達、そして酒井抱一、鈴木其一、円山応挙、柳沢淇園、池大雅、谷文晁、与謝蕪村といった有名な芸術家等や、私の知らない多くの名人のすばらしい作品に加えて、作者不詳の見事な作品が数多く展示されて、本当に見ごたえがありました。思いっきり自由に発想を展開したものや、若干写実風だけど作者の着想豊かな創造力が自由自在に表現されているもの等、我国が、江戸時代にはすでに、世界が息をのむ芸術の力を蓄積していたことが実感できました。 これを収集されたのはニューオーリンズのギッター博士(Dr. Kurt A. Gitter)さんで、Gitter-Yelen Foundationによって大切に保管されているようです。 2005年8月末に米国東南部を襲った大型のハリケーンによって、ニューオーリンズ全市の8割が水浸しになるという大変な被害を被りましたが、財団の皆さんやギッターさんの努力でギッターコレクションは奇跡的に被害を免れたそうです。 博物館でギッターさんの会見が放送されていたのを見ていると、なんと、ギッターさんは第2次大戦後日本に駐留しておられたらしいのです。 びっくりしました。というのは姫路に駐屯した進駐軍の中にニューオーリンズの部隊が居ました。ニューオーリンズの部隊が姫路に駐在し、姫路の復興に力を貸してくれたのが縁で、当時の姫路市長(石見元秀)が昭和25年にアメリカを訪問した際に、ニューオーリンズにまで足を伸ばし、復興支援に対して礼を述べ、逆にニューオーリンズ市から名誉市民の称号を頂きました。 親爺はこれを大変喜び、部屋に名誉市民証書をずっと飾っていました。私は2005年8月の大型ハリケーンによって、ニューオーリンズが大変な被害を被ったことを知り、個人的にささやかなお見舞いを送らせて頂きましたが、姫路市とニューオーリンズの縁を知る市民、職員は今では皆無であり、大変寂しい思いをしています。 ギッターさんが日本に駐在されたことを知り、ニューオーリンズの部隊の姫路駐在を思い出して大変懐かしく思いました。 2011年 07月 19日
東日本大震災、市の現状と懸案を踏まえ、市益の増進、重要事業の加速、職員の能力開発など、市の未来を展望して熟慮を重ね、7月から市役所をあたらしいマネジメント体制としました。
市役所は優秀な人材の宝庫で、人が最大の資産です。少数精鋭の体制で多くの成果をあげてくれていると評価していますが、市の先進的な事業が十分にPRできていないことは残念であると感じています。 トップマネジメントの強化は、現在進めている歴史的な事業を加速させ、あらたな政策を実現することがいちばんの目的です。そのことによって、職員の能力の向上を図り、一人ひとりの潜在能力を引き出して優秀な人材が育つことを期待しています。 事業の期間が長くなればそれだけ多くコストがかかります。大きな事業であればあるほど、より早く事業を完成することは、結果的に多大な経費の節約になり、市民の利益になります。 人件費は、単なるコストではなく、人材への投資でもあります。より大きな目的を達成するための人材への投資がより大きな成果が生まれるような強力な体制を整えることが今こそ必要であり重要な意義を有しています。また、トップマネジメントの強化は、組織全体の総合力を発揮させるためのもので、その成果は職員全体、市民に還元されるものでなくてはならないと考えています。 あたらしいマネジメント体制を基に市議会、市民の皆さんと力をあわせ、全力で取組んでいきます。 2010年 11月 05日
芥川龍之介は、多くの人が若い頃によく読んだ作家の1人だと思います。
私も彼の作品をいくつか読みましたが、読んだ後で何らかの示唆や意見が込められていたことを憶えています。 ある本によりますと、彼は辞書の問題点を見つけたり、辞書と異なる解釈をしたり、辞書の吟味と分析を楽しんでいたようです。 新村出先生の「国語辞典」に、当時「犬」の項目に「人になつき、性格が良くて、多くの人に好まれる、」といった説明がつけられ、「猫」の項目に「人になつきにくく、盗癖あり」といった説明がつけられていたそうです。 芥川は、早速この内容を問題にしていて、「犬好きの新村先生の一方的な解釈である。猫もよく人になつくし可愛い。猫に盗癖があるというなら、犬には「風紀紊乱(びんらん)の性(さが)あり」といわねばならない。さしづめ新村先生は「動物誹謗(ひぼう)の性(さが)あり」といわねばならない」と新村先生をからかっているそうです。 芥川らしい趣味だと思いました。 2010年 10月 19日
10月6日のニュースで日本の鈴木章先生と根岸英一先生がノーベル化学賞を授賞されることが報道されました。大変すばらしいことです。
日本国民の一人として誇らしく思います。 10月7日には、ノーベル文学賞をペルーのバルガスリョサ氏が授賞されることが発表されました。 バルガスリョサさんにお会いしたことはないのですが、思い出があります。 私は、1990年にペルーに出張しました。 日本ペルー地震防災センターへの訪問の他に、リマ市の都市計画について調査し、助言するという目的でした。この時、いくつかの省庁を訪問しましたが、どの省庁でも「次の大統領は、世界的作家として有名なバルガスリョサ氏がなる。この人は、民営化路線を標榜しているので、我々はそのための準備に忙しい」ということでした。丁度、大統領選挙の最中で、いく人かの候補者があったようですが、バルガスリョサ氏が圧倒的に有力で、どの省庁を訪問しても「リョサさんが次の大統領」ということが決まってしまっているような状況でした。 ただ、大統領選挙が話題になる中で「日系人の候補者も一人いるよ。フジモリという人で貧困層に人気がある。」と聞いていました。滞在を終えて帰国の時に「日系人のフジモリさんの人気が上昇している。10%以上の支持を集めそうだといわれている」と聞きました。帰国して、しばらくたってペルーで大統領選挙の投票があり、当初の予測をくつがえして、フジモリ大統領が誕生したことを知りました。「えーっ、バルガスリョサさんが負けたんだ」と大変驚いたことを憶えています。 マリオ・バルガスリョサさんにノーベル賞という記事を見て当時をなつかしく思い出しました。 2010年 07月 12日
私は、1994年4月1日に筑波大学から立命館大学政策科学部へ転任しました。その当時、文学部に「おしん」を演じた小林綾子さんが在学していたようです。私は、発展途上国の都市・住宅環境の改善を研究テーマのひとつとしていたので、国際協力事業団の依頼で、インドネシア等東南アジアにしばしば出張していて、各国において、「おしん」が大変な人気を博している状況を目にしておりましたので、「おしん」には少なからず親近感を持っていました。
2002年8月に、翌年の市長選挙に臨むことに心を定め、たくさんの市民の皆様と姫路のまちづくりについて色々とお話し合いを続けていました。この色々の集まりの中で2003年1月に特に大きな集まりを文化センターでやりました。これは選挙を目ざした話し合いとはちょっとおもむきの異なる集まりで、姫路市の女性が「アースウェーブ:みんなで考えよう―今自分は、今姫路は」というタイトルで、文化、環境、福祉、子育て等に注目した姫路のまちづくりを議論されました。この集まりに私は招待されてあいさつしたのですが、この集まりに小林綾子さんが来てくれました。彼女が私を憶えていてくれたのに驚きました。この集まりは選挙に関連するような雰囲気は全くなかったのですが、私にとっては本当に力強い応援であったと感謝しています。 今も時々思い出しては、励みにしています。 2010年 07月 12日
いっとき「KY」といってその場の空気を読めない人をからかうことばがはやりました。その場の空気がよく読めないで、場違いな駄じゃれをとばして1人で悦に入ったり、長い会議で疲れがたまり、やっと終わりそうで参加者がホッとしている時に、またまた議論をぶり返して長い話をして参加者をうんざりさせるような人はよく見られます。
たしかに空気が読めない人に困った経験を持たれている方は多いと思います。 一方「空気を読める」ということは大事なこととは思いますが、本当にそれほどすばらしいことだろうか、と疑問を持っています。 マスコミは、印刷物が売れることや、番組の視聴率が上昇することが最も重要な目的ですから、空気を適確に読むことがそのマスコミの浮沈に関わる大事な条件となっていると理解されます。しかし、テレビ番組などをよくよく慎重に見ていると、空気をよく読んで大衆に見事に迎合していると判断されることが非常に多い。「この件については、この人は大変衆望を集めている、多くの人が好感を持っている」といったんマスコミが判断すれば、本当に見事に、手厚く称賛しています。見事に空気を読んで、世論に便乗しています。 一方ある人や団体が何か不祥事を起こした時、「この件について人々は非難している、怒っている、嫌悪感を持っている」と判断すると、徹底的にあの手この手、あちら側こちら側から糾弾しています。 見事に空気を読んで、大衆に迎合しています。やむを得ないことかもしれませんが、かつての日本の歴史の中で、大衆運動、集団ヒステリーによって、社会が間違った方向へ傾いていった例を私達は、忘れてはなりません。 空気を読むことは大切ですが、その空気に流されることなく、冷静にできるだけ関連情報を集め、自分自身で判断して、自分の考えに基づいて、結果に対して責任を分担することを意識しながら行動したいものだと思います。 2010年 03月 17日
今年は、姫路の仏教界にとって大きなできごとが2つあります。
網干の龍門寺住職、河野太通師が、京都妙心寺の管長に就任されます。また、全日本仏教会第29期会長にも就任されます。また、網干の大覚寺住職中西玄禮師が京都永観堂の管長に就任されます。 正確には、河野太通師は臨済宗妙心寺派の管長として総本山妙心寺に着任されます。中西玄禮師は浄土宗西山禅林寺派管長・永観堂第90世法主として永観堂(正称は総本山・禅林寺)に着任されます。平和を希求する姫路市にとって、本当に名誉なことで、心からお祝い申し上げますと共に、大変重要な地位につかれましたお二人のご苦労をお察し申し上げ、ご健勝をお祈り致します。 妙心寺は大変大きなお寺で、境内にはたくさんの塔頭があります。私が立命館大学に勤務しておりました時には、大学にごく近いのでよく散歩を致しました。境内東側にある東林院では、毎年6月に沙羅の木が美しい花を咲かせ「沙羅の花を愛でる会(6月12日~6月30日)」が開催されます。たくさんの末寺をかかえる大きな宗派の管長として、ご活躍をご期待申し上げます。この河野太通師とは、何度もお会いしお話しを伺いましたが、毎回非常に奥深い含蓄のあるお話しを、大変分り易いことばで、分かり易く話して下さることに深い感銘を受けました。 中西玄禮師のお話も何度か聴かせていただきました。色々の例をひきながら、人間として、社会の中で、大切なことなどを分かり易くお話しされ、聞いた後で感動の余韻が残っていたことをおぼえています。 永観堂は、銀閣寺から南へつながる「哲学の道」の南づめ、若王子山(にゃこうじやま)のふもとにあります。私は、学生時代にこのすぐ近くに下宿していまして、永観堂は散歩する所であり境内の池でしばしば魚つりをしました。もみじの大変美しいお寺で、京都の名所のひとつですが、私の学生時代は境内には、無料で自由に入ることができ、池で魚つりもできたのです。(魚つりについては、お坊さま方は苦々しく思っておられたかもしれませんが、私は無頓着に魚つりを楽しませていただきました。ありがとうございました)。この永観堂には岳父渡海元三郎の墓があります。不思議なご縁を感じます。 2010年 03月 05日
山折哲雄先生が第20回南方熊楠賞(人文の部)を受賞されます。
ほんとうにおめでとうございます。 こころからおよろこび申しあげます。 この賞は、日本の在野で菌類・地衣類、植物などの研究に生涯を捧げられ、博物学や民俗学の始祖とも云われる南方熊楠氏を顕彰する目的で1990年に現:南方熊楠顕彰会が設けられたもので、民俗学的・博物学的分野で功績のあった研究者に贈られる大変名誉ある賞と聞いています。 姫路文学館の館長の上田正昭先生も第10回に人文の部で受賞されています。これまで20回のうち、姫路市にご縁のある2人の先生が受賞されたことになります。 山折先生は、2002年には、ご著書「愛欲の精神史」で和辻哲郎文化賞も受賞されております。 また、長年にわたり和辻哲郎文化賞の選考委員をしていただいており、山折先生の受賞は姫路市民の誇りとなると同時に、よりいっそう和辻哲郎文化賞の地位を高めることにもつながります。 山折先生の研究されている日本人の宗教観や死生観、民俗文化の根底にある無常観やこころの問題は、現在、まさに我々日本人に問われている根源的で普遍的な課題であり、山折先生の今後より一層のご活躍とご健勝を心からお祈りしています。 2009年 11月 06日
市役所の一部の職員が刑事事件や事故などで逮捕、起訴されることが続き、市民の皆さんに大変ご迷惑をおかけしております。53万市民の代表・市役所の最高責任者として責任を痛感し、まことに申し訳なく思っています。
市民の皆さんに顔向けできない恥ずかしい気持ちで一杯です。市外に公務で出かけて「姫路市長です」ということに肩身が狭い思いです。 先日、緊急に市役所の大会議室に幹部職員を集めて、それぞれの組織と部下の管理運営と対話の再点検や市職員としての姿勢、心構えなど、私の考えを厳しく伝えました。私の考えは、庁内通信ネットワークシステムを通じて、全職員に知らせました。職員一人ひとりが、常に「全体の奉仕者」として、大きな責務と市民の期待を担っていることを確認し、緊張感を持って仕事に取り組むよう、特に勤務時間外においても「公務員」であることを忘れることなく厳しく自分を律してくれるよう命じました。 勿論、市役所のほとんどの職員は、一生懸命仕事に取り組んでくれております。職員による自発的な業務カイゼンもここ数年で大幅に増えて、その成果も色々と現れており、市役所の意識や風土改革が進んでいることを誇りに思っています。 しかし、これら市役所のすばらしい取り組みも、1つの不名誉な出来事で台無しになってしまいます。 これまでの事件や事故の原因を総合的かつ徹底的に分析・検証し抜本的な方策を検討して、出直しを図らなくてはなりません。 市役所職員一丸となって名誉挽回に取り組んでいきたいと考えています。 2009年 10月 09日
先日新聞で、今回国会議員に当選された方々が、8月30日、31日の2日間登院された給料として、1ケ月分が支払われたという記事を読みました。「まあ、そういう仕組みになっているんだなあ」と思っていて、ハッと気がつきました。
私も平成15年に初当選した時、「5月の連休明け頃に初登庁すればいいのかな」とぼんやり考えていたら、「4月30日に登庁して下さい」と連絡が来て「なんや、ちょっとぐらい休ませて欲しいなあ」と思いながら出勤したことを憶えています。 「まさかあの時は、1ケ月分の給料が出たのではないだろうなあ」と青くなりながら調べてもらいました。 結果は、さすがは姫路市です。「日割り計算で、4月は1日分だけの給料を支払いました」と確認できました。 「良かったー」と胸をなでおろした次第です。 < 前のページ次のページ >
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